あったか・えっせい
「あったか・えっせい」は、玉屋の所属する社団法人日本専門店協会が主催す るエッセイコンテストです。全国の店頭に立つ販売員から寄せられたお客様と のふれあいや感動の実話を募ったもので、弊社スタッフが応募したエッセイも数々の賞をいただいております。
RECRUIT採用情報
第16回 2012年度 入賞
ゾウ使いに花束を
伊藤友香（Heartdance新宿サブナード店）
「ご覧頂きやすいように、お荷物をお預かりいたしましょうか？」
その女性の姿を見たら、誰もが駆け付けて、そうお声がけをしてしまうだろう。
両手には膨れた大きなビニールバッグと、彼女の小柄な身体の半分をすっかり隠してしまう程の大きなバックパックを背負っていたからだ。
立地上、様々な方が通る新宿の地下街とはいえ、まだ肌寒い気候にも違和感のある恰好だった。
私の促しに、一度は遠慮をしてお断りになったものの、「やっぱり置いて貰っちゃおうかな」と表情をクシャと緩めて屈託のない笑顔をくれたので、私は嬉しくなり会話を進めさせて頂いた。
「沢山のお荷物ですね、ご旅行ですか？」
白い半袖から覗く腕も顔もこんがり過ぎる程やけていたのでますます気になった。
「そうなんです、旅行というか、留学をしていたんです………私、ゾウ使いになりたくて」。
ゾウ使い！
まさかのお答えに驚きつつ、沢山の選択肢の中で、ゾウ使いの道を選んだ理由や留学中の生活など、ますます色々お話しをお聞きしたくなった。
「留学中はお洒落なんて出来ないし、今みたいにゴムで髪を結ぶくらいしかないからね。ほら、なんせずっとゾウが相手だし（笑）。少しでも女性らしさを取り戻したくて来て見たら、こんなに可愛い物ばかりで目移りしちゃう！ 一緒に選んでくれると嬉しいです」心底、心が弾んでいる様子が伝わり、私も嬉しくなった。
ぜひ、ご一緒に選ばせて下さい！
肩でバッサリと切り揃えられたお客様の髪を、しっかりまとめられるような実用的なアイテムばかりを集めてご提案をした。
実際に髪に着けさせて頂くと、どれも目新しいようで感激をしていらっしゃったが、もっとお気に入りアイテムを見つける為に店内を動き回っている様子。
「この辺はどうやって使うんですか？」
キラキラさせて見つめる視線の先には、スリーピンと呼ばれる、どちらかと云えば飾りとしての活用の幅が広いアイテムだった。
私は、勝手な先入観で、実用性の高いアイテムばかりをご提案してしまっていたが、違ったのだ。
私は、お客様の黒髪にマッチしそうなお花型のスリーピンを手に取ってご提案をさせて頂いた。
「これは、お洋服やストールにも着けて頂けますし、お客様のキレイな黒髪に合わせると素敵ですよ」。
ゴールドとグレーが配色されたそれは、お客様に本当に似合っていた。
「へぇー、こんな物が日本には今あるんだぁ！ こういう事に本当に疎くて」
最初に見せてくれた屈託のない顔でまた笑ってくれた。
その後も、お店で作成したヘアアレンジアルバムや自分の髪をフル活用して、お気に入りを見つけて貰うのに必死だった。
人をサポートしたいという販売員としての根っこにある気持ちが、掘り出されていくのを自分でも感じていた。
その後も、お客様は予想に反して、可愛いデザインに興味を持って頂き、最終的には、可愛いまとめ髪アイテムと、オススメのお花のスリーピンをお選び頂いた。
レジでお話しをお聞きすると、当分の間は日本にいて、またタイに飛ぶらしい。
自分の夢に近づく為に、着実に歩いている。
何故、こんなにも彼女に興味を持っている自分がいるのかやっと気付いた。
うらやましさと尊敬の気持ちが私を動かしていたのだ。
「せっかくだから今着けて行っちゃおうかな」
私から自然に言葉が出てきた。
「ぜひ！ 気に入って頂けて嬉しいです！」
再度、お客様の左側の耳横にお花を着けた。
良く似合っている。
目的の為に動いて輝いている人は、きっと何でも自分色にしてしまう。
お預かりした大きな荷物を一緒に持ち、お店の入り口に進むと、おもむろに手提げの中からひとつお菓子を取り出して私にくれた。
「私の大好きなお菓子なの、ささやかだけど貰ってね。丁寧にしてくれてありがとう！ タイにも絶対にもっていくわ」。
ありがとうございます！
深く深く頭を下げた後、小さくなるお客様をずっと見ていた。
もう無いであろう、貴重な経験をした。
これはもう２年も前のお話。
タイ語で記されたスナック菓子は、まだ食べられずに保管されている。
それを見る度に、可能性には限りがないことを私に教えてくれる。
今頃、ゾウの首にはあの日のお花がさいているかもしれない。
玉屋スタッフによる受賞作品一覧
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